
| 研修医名 | 研修歴 | ||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 松本 由紀子 (まつもと ゆきこ) 平成13年 浜松医大卒業 |
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| メッセージ | |||||||||||||
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大学卒業後、岡山大学に入局しました。1年間大学病院にて基礎の指導をしていただき、その後約4年間にわたり、複数の関連病院で研修しました。研修期間中は、領域に偏りなく、バランスよく研修できるよう考慮していただけるので、充実感を持って研修することができました。また、複数の病院で研修することにより常に新鮮な気持ちで緊張感を保ちながら過ごすことができました。研修中定期的に行われる臨床検討会では、自分の経験症例を発表し、大学や同年代の先生方から指導をしていただきました。また同期生の発表を聞いたり、会って近況を報告しあうことにより刺激を受けることができました。 卒後6年目で、産婦人科学会で全国の同年代の先生方との交流会に参加させていただきましたが、岡山大学は関連病院が多く、研修システムが確立され大変充実していると実感し、そのことは私自身の自信にもつながっています。 私は現在子育て中ですが、妊娠中から、産後復帰も含め、勤務形態等気遣っていただき、ストレスなく産休まで勤務することができました。産後も大学の先生と相談しながら、子育てと両立しながら復帰できる日を楽しみにしています。 平成19年5月 |
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| 研修医名 | 研修歴 | ||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 菊池 由加子 (きくち ゆかこ) 平成13年 香川医科大学卒業 |
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| メッセージ | |||||||||||||||
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岡山大学での研修中は医師としての基礎から始まり、産婦人科医としての基礎を指導医のもとマンツーマンで教えて頂いた。その後行くことになったどの関連病院でも、大学病院で学んだ「岡大式」ともいえる基礎がもとになっており、この大学病院での1年がいかに重要な時間であったか、その後に実感した。 済生会病院、中電病院では正常分娩を多数経験したことで、自分ひとりで分娩、処置を行い、異常分娩にも対応できるようになった。また医師2年目より一般外来を任されるようになり、自分で診断した症例を手術、治療しその後の定期検診までのトータルで受け持つことができた。 広島市民病院では、周産期分野では年間150例の母体搬送がありハイリスク妊娠・分娩の管理や、帝王切開手術の習得、救急疾患への迅速な対応ができるようになった。婦人科分野では良性疾患の手術法や、癌化学療法の基礎、終末期医療の基礎を理論的に学ぶことができ、外科的、内科的、両方の側面をあわせ持つ産婦人科医としての経験が深まった。また学会発表や研修の機会も多く与えて頂いた。 これらの関連病院でのさまざまな経験をいかして、現在岡山赤十字病院での診療にあたっている。それぞれ関連病院には特色があり、一施設だけでは偏ってしまいがちな知識や技術が、複数の施設での研修により全般にわたって学習することが出来たと思う。またそれぞれの病院には‘味のある’上級医がおられ、産婦人科医の先輩としての経験をときには厳しく、大半はおもしろく教えて頂いたことは、岡大の研修コースの醍醐味ではないかと思う。 平成19年4月 |
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| 研修医名 | 研修歴 | ||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 中務 日出輝 (なかつかさ ひでき) 平成13年 昭和大学卒業 |
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| メッセージ | |||||||||||
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研修医1年目の大学病院では指導医の先生の関係で、婦人科腫瘍を多く勉強させてもらいました。研修医2年目の岡山日赤病院は、分娩も多く、母体搬送も受け入れるところで、そこでたくさんの分娩を取らせてもらいました。また、研修医であっても、主治医の場合は指導医のもと術者をさせてもらい、そこで帝王切開や腹腔鏡手術など、様々な手術をさせてもらいました。 屋島総合病院では、大学病院や岡山日赤病院の様なたくさん医師がいるところと違い、上の先生と二人の病院でした。そこではまた、更に責任の重い今までとは違った環境で先の2年間で習ったことを更に習熟させるための良い機会でした。 4年目からは再び、大学病院に戻り、また同時に研究のため、大学院に入学しました。大学では市中病院では経験出来ないような症例を主治医として経験することが出来ました。5年目以降は病棟での主治医をフリーにして頂き、主に学位のための研究に従事させて頂いています。 岡山大学の研修コースの良いところは、理論立てた手術手技を習得出来るところで、そこで習得した手技はどの関連病院でも同様に使えるところだと思います。 平成19年4月 |
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| 研修医名 | 研修歴 | ||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 早田 桂 (はやた けい) 平成13年 金沢医科大学卒業 |
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| メッセージ | |||||||||||||||
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鳥取県出身であり、父親が岡山大学産婦人科の同門であった事より岡山大学病院入局を決めました。入局後は指導医の元、次々と関連病院から紹介となる重症妊婦、不妊症・不育症後の周産期管理、良性・悪性を含めた婦人科疾患患者の担当医として1年間を過ごす事で、研修病院へ異動する頃には一通りの症例を受け持ちました。 2年目の姫路赤十字病院では外来業務や月8回の当直業務の傍ら、2日に1回は紹介となる緊急母体搬送対応や、主に婦人科手術の前立ちを務め、入局からの2年間で基礎的なものを吸収しました。また硬膜外麻酔、脊椎麻酔は自分達で行うため、非常に役立ちました。 3年目の国立福山病院は外来主治医制であり、妊婦を含め受け持った患者は例え当直日以外であろうと呼び出しがあるため、一人の患者を自己責任で診る事の重要性を学びました。緊急母体搬送や婦人科腫瘍症例も非常に多い病院で、執刀医としての基礎を勉強しました。 4年目に大学に戻り総仕上げをしました。5年目は3人体制の岩国医療センターへ赴任し、上級医と同等の立場で診療業務をこなし、執刀医として数多くの開腹手術症例を経験しました。また週1回ですがNICUでも勉強させて頂きました。 6年目より広島市民病院で診療を行っています。年間900件を超える分娩数と1000件を超える手術件数があり、充実した毎日を過ごしています。7年目を迎えるこの4月より、妊娠20週時の胎児スクリーニング検査外来を新に新設し、 より一層努力していく次第です。それぞれの地域中核病院を中心に研修を行い着実にステップアップが出来ました。 また臨床中心に仕事をしたいとの希望で大学院へは進学しませんでしたが、そのような要望にも配慮していただきました。各大学病院内でも産婦人科医不足が深刻になっている今日、充実した医局員数を確保し、診療・教育・研究を以前と変わらず行い、さらに一人一人の要望にあった研修が行えるのも岡山大学産婦人科の魅力であると思います。 平成19年4月 |
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| 研修医名 | 研修歴 | ||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 高橋 理子 (たかはし りこ) 平成13年 香川医科大学卒業 |
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| メッセージ | |||||||||||||||||||
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私は香川医科大学を卒業後、出身地である岡山大学の産婦人科へ入局しました。当時は卒後研修必修化前だったため、卒業時に進む科を選択しなくてはいけませんでしたが、その頃にも産婦人科は忙しくてリスクの高い科だと言われていました。私は産婦人科の学問的な興味に加え、手術や内科的な治療など多彩な医療行為がある科であること、お産という独特な世界、外来などでは診療行為だけでなくサービス面での満足を求められることなど、医者としての役割を色々な形で果たすことが出来る可能性があることを面白いと思い、 産婦人科を選択することを決めました。 岡山大学へ入局後は地域の機関病院での研修を積む機会をいただき、たしかに毎日とても忙しくハードな研修時代でしたが、この時に夢中で勉強をする充実した日々をすごせたことは今でも楽しい思い出でですし、あの時でなければ経験できない時間を過ごせたと思っています。 産婦人科として働き始めて3年目に、兵庫県立こども病院で新生児医療の研修を受ける機会をいただきました。未熟児新生児の管理を学んだのはもちろんですが、それまで必死に学んできた産科管理の予後を目の当たりにし、小児科側からの産科管理を改めて考えることで、半年後に産婦人科に戻った後は産婦人科をますます面白いと感じるようになりました。 私は現在結婚出産のために岡山を離れておりますが、教室からご配慮をいただき、家庭での役割を果たしながら診療に携わることができています。女性医師は結婚や出産と仕事とのことが問題になると言われますが、産婦人科はニーズに多様性があるため、仕事のスタイルに合わせた選択が可能であり、女性としても医師としても充実した生活を送ることが出来る科であると感じております。 平成19年4月 |
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| 研修医名 | 研修歴 | ||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 沖本 直輝 (おきもと なおき) 平成13年 岡山大学卒業 |
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| メッセージ | |||||||||||||||
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僕は、入局後1年間大学病院で臨床の基礎を教えていただき、その後国立福山病院では主に婦人科腫瘍および、産科救急を勉強しました。三豊総合病院では産婦人科全般を学びました。研修先の先生方には非常に熱心に指導してもらい、また多くの貴重な症例を経験させていただきました。 その後僕は大学院進学を希望しました。もともと胎児の神経発生に興味を持っており、neuroscienceの研究をしてみたいと思っていたのですが、そのことを入局前に教授にお話したのですが、そのことを覚えてくださっていて、細胞生理学教室を紹介してくれました。さらに研究を優先して行えるよう配慮してもらい、いろいろと個人的な希望を聞いてもらったのは非常によかったと思っています。 現在産婦人科領域で注目されている研究分野は数多く、(例えば、最先端生殖医療、婦人科腫瘍、周産期など)興味深いテーマも多いと思います。 また岡山大学は若手の医師の成長に積極的で、卒後5年目のときに産婦人科学会の若手研修プログラムに参加させてもらうチャンスをもらいました。他大学の同世代の産婦人科医師や海外からの参加者と交流し、よい刺激となりました。そのとき他大学の先生と話していて気づいたのですが、他大学の研修システムと比べても岡山大学の研修は恵まれており、バランスよく研修できることがわかりました。 平成19年4月 |
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